- 日時特定不可能 - とある魔法使いの独白
当たり前の風景が好きだ、と思う。
それは、この平和を「当たり前」と称する事が許されている幸福さを、誰よりも私が理解しているからだ。この世界そのものが生き、人々が笑うことで、私の存在価値は満たされている。それはつまり、恵まれているという事に違いないのだろう。
自分の義務を反芻する。微笑んで、楽しい心持ちのまま生き続けるという義務を。しかし、心というものは難しく、時折酷く醜い考えを覗かせてしまう事もある。その度に、己の愚かさは底知れないと実感するのだが、それは脳によって「実感させられた」ものにすぎず、心が理解を拒絶する。結局の所、感情を上手く制御できた試しは無いのだ。
本来であれば、こうして思考を巡らせる時間すら作るべきではない。それでも、何も考えないのは、眠り続けているよりもずっと退屈だ。この世に生きる甲斐を失う行為に等しい。思考を止めることは、どうしても私には出来ない。自分が考えること全てが世界に影響を与える、という自覚がいささか足りていないのか、単に利己主義なのか。おそらく後者なのだろう。人を傷つけることを誰よりも恐れている癖に、そのための努力は惜しむのだから。
かくあれかし、と思ったわけではなくとも、自分の願いは必ず叶えられる。どんなに些細なものであっても、世界を捻じ曲げてでも、そうなるのだ。これは生まれた瞬間からそういうものなので、仕方がない、としている。理由の分からない事を考え続けるのは、ゴミバケツに突き落とされた鼠になるよりもずっと寂しい。そういった寂しさに好奇心で打ち勝つ事が出来る人間こそが、世界を紐解いていくのであろう、とは思うのだが、その役は私のものでは無かったらしい。
目を閉じれば断片的に、それでいて鮮明に通り過ぎていく。この先の未来の、どうしようもない自分。「祝福」とやらを振りまいて、世界に魔法を与える自分。魔法のある未来と、無い未来、どちらが人々を幸福にするのか。……どちらを選んでも、全ての人々を救う事はできないのだが。それでも、私は選択しなくてはならない。私が生きている限りは、私の思考が世界の指針だからだ。世界にまつわる全ての権利を押し付けられながら、ただの人間に生まれてしまった、不完全極まりない私の思考が。
もし心が無ければ、より上手く世界を回す事も出来ただろうか。個人的な感情で周りを巻き込む心配をせずに済んだだろうか。
そうして、そうして。いつも通り同じ結論の先で座り込んだ私の足元に、その日だけは、違う未来が映った。視界の端に瞬いたそれを、この手は無意識に掴み取ってしまった。
そして見たのだ。
あらゆる群から外れた少年。人間でありながら人間では無い彼を。
「魔法のある未来」の1番の被害者。そして、この世界に起こり得るあらゆる可能性のうち、唯一の、
私の同類を。
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